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平成18年度卒業論文  

2008-02-21 20:31:54|  分类: 默认分类 |  标签: |举报 |字号 订阅

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平成18年度卒業論文

 日中貿易関係の推移と現状における構造変化について

 指 導 教 授    秋山 哲男

九州産業大学商学部商学科  陸  峰

 

 

 

はじめに

 

中国は、日本の最大の貿易国でもあり、最大の投資国でもある。年々、日中経済関係は深化?拡大傾向を見せている。中国で「政冷経熱」(経済関係のボーダーレス化、融合?一体化の流れに逆行するように、政治関係では相互反発と冷却化が進んでいること)といわれていることで、経済は終始一貫に中日関係を強く維持している。しかし、93年まで、11年間も連続で日本は中国の最大貿易相手国であったものの、近年では欧州?米国に貿易量で抜かれ、また中国企業が世界企業と戦略的提携を加速させるなど、世界経済との関係で中日経済関係にある種の変容が生じてきていることも事実である。

このように中日経済貿易関係の緊密化と変容が見られる中、今後の中日双方の更なる経済発展を実現していくためには、中日経済貿易関係の推移や現状を把握し、構造変化を分析し、有効な対策を考えておくのは、日本経済にとってもっとも大事なことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

第一章             日中貿易関係の開く

 

戦後半世紀にわたる歳月の中で,不正常な状態から正常な発展へと,民間交流から国家間往来へと,友好貿易、単一貿易から経済貿易の全面協力へと発展し,そして,実務的にも成熟した時期を迎えようとするところまできた。

 

第一節日中民間の貿易

 

日中民間交流は,また?民間外交?ともいう。これは50年代において,両国はまだ国交回復せず、国際法でいえば,まだ戦争状態におかれている状況下で行われていた非政府間的交流方式である。当時の民間交流はつねに日中友好運動の先頭に立って,日中往来の先駆けとなり,両国関係打開のために道を開いたのである。逐次に日本政府に対し中国政府との接触をよぎなくさせ,そして,日中政府間関係の前進を推進できたのである。いいかえれば,日中民間交流はまるで上質で強力なガソリンのように,つねに官式エンジンである日本政府に働きかけ,中国政府との接触と関係改善を促した。両国民間交流の拡大と日本政府の対中政策改善を要望する日中友好運動の盛んな展開により,50、60年代における日本の歴代政府は,対外政策を制定、実行するとき,いずれも中国の要因とその存在を考えざるを得なかったのである。その中で,50年代から日中の民間貿易に参与しはじめた政府の背景をもった日本日中輸出入組合は,このような?民間外交?の作用の下で生まれたものである。

 

 

 

第二節民から官民並行の貿易

 

 50年代の?民間外交?は,?民でもって官を促す?ことを推進した結果,60年代の日中間?LT貿易?機構駐在員事務所の相互設置と,?民間大使?とよばれた西園寺公一氏の北京駐在が実現できるようになったのである。周恩来総理と松村謙三氏との間の約束によって成立した?LT貿易?は,双方とも背後に政府の背景があり,実際には半官半民の常設機構であった。60年代の初めから1972年の日中国交回復までに,?LT貿易?は,日中総合貿易の直接参加と開拓をしたばかりでなく,双方の政界人士の相互訪問と政府間の相互意思疎通のためにも,斡旋、仲介と難題解決の役割を果たし,?小さな大使館?の機能をもっていたのである。例えば,1963年,?LT貿易?の双方は,日本政府の許可を得た日本輸出入銀行の借款による最初のプラント契約を調印した。1964年,?LT貿易?の手で,両国間の記者交換を実現させた。また,?LT貿易?は,終始日中友好と日中国交回復のための国民運動と相呼応し,連携しあっていた。70年代初期の?双王旋風?、?孫平化旋風?の日本上陸と日本の?友好旋風?、?政党旋風?の北京訪問から,田中首相の正式訪中と中日国交正常化の最終的実現にいたるまで,実際に公的機能の特殊な役割を果たしたのである。日中国交回復後,民間交流の陣営は速やかに拡大し,政府間の交流と補完しあって,両国の友好協力関係の全面的発展を促した。冷戦後,国内外情勢の変化にともない,日中の民間交流はまた時代の流れに順応し,平等互恵の精神に則って,着実で地味に事を運び,終始一貫して中日、日中友好及び両国の繁栄と発展に力を注ぎ,ますます成熟に向かう両国関係の発展のためにやすむことなく努力をつづけてきた。

 

 

 

 

第二章 国交正常化後日中貿易の関係と変化

 

第一節 日中貿易関係の推移と現状

 

日中貿易は近年大幅に拡大し、1991~97年は毎年史上最高記録を更新した。日本側の通関統計では、1998年の日中貿易総額(輸出+輸入)は1997年比円ベースで3%減、ドルベースで10%減となったが、1999年には総額665億ドル(7兆5,290億円)に回復した。2000年上半期では輸出?輸入とも二桁台の拡大が続いている。IMFの統計を用いて1979年以降の日本の対中輸出?輸入?貿易収支の推移を示したのが図表1である。輸出は1995年以降横這いとなっている一方で、輸入の拡大が顕著である。貿易収支は1988年以降赤字(日本側の入超)が定着しており、1999年には196億ドルの赤字を記録した。このように、日本の対中貿易の構造は、近年大きな変化を遂げてきたことが窺える。

料:IMF, “Direction of Trade Statistics” 

貿易規模の拡大によって、日本にとって中国は現在米国に次いで第2位の貿易相手国、中国にとって日本は資第1位の貿易相手国となっている。しかし、輸出?輸入それぞれにおける中国の重要性はかなり異なる。グラフからも明らかなように、中国は日本の輸出相手国としてよりも、輸入相手国としての方がプレゼンスは大きい。

 日本の輸出総額に占める対中輸出額は1993年以降ほぼ5%の水準で横ばいとなっている。最大の輸出相手国である米国のシェアが1986年のピーク時と比較すれば低下傾向にあるとはいえ、依然として3割程度を維持していることからすれば、対中輸出規模はその約6分の1に過ぎない。そして、近年の推移には両者の差が縮小して行く兆候は見られない。

 一方で、対中輸入比率の上昇は顕著である。1980年代は輸出と同様にほぼ5%程度のシェアであったのが、1990年代に入り確実にそのシェアを拡大させている。1999年には日本の全輸入額の13.8%が中国からの輸入であった。米国のシェアは20%強で横這いとなっており、この傾向が今後も継続するのであれば、いずれ米国と中国のシェアが逆転することもありうると考えられる。

 

 

第二節              日中貿易の依存関係の形成

 

1「加工貿易」型構造が定着

「鄧小平」の南方講話後の対中投資ラッシュでは、最初不動産部門への投資がかなりの部分(3割前後)を占めたものの、不動産投資が過剰となり調整期に入った後は、日本企業から製造業への投資割合が拡大している(93年45%→98年60%)その結果、中国対外貿易の中で、外資企業が扱う輸出入額の割合が年々上昇し、98年に全体の2分の1を占めるまでになった。外資企業は、92年に全体の4分の1にすぎなかったことから、非常な勢いで中国の対外貿易を牽引してきたわけである。ところが、外資企業のシェア拡大は思わぬ効果をもたらした。それは、対中投資の累積により製造業の全体的な底上げが行われ、中国の貿易構造が、かつての原材料中心型から、「加工貿易型」へ根本的に変化したからであり、またそれによって中国の製品輸出比率が急速に上昇したことと関係している。中国は、貿易形態を「一般貿易(単純な輸出入)」と「加工貿易」に大分類しているが、さらに加工貿易を通常の加工貿易のほか、委託加工、外資設備の輸入や保税貿易などに細分している。これらを合わせた「加工貿易」合計額は、98年に中国対外貿易全体の6割を超えた。「加工貿易」型構造への変化は、21世紀の初頭に入っても続くと思われる。これによって、中国の製品輸出比率(注)は98年に79.6%となり、今や中国は工業国に準ずるような製品輸出国となった。(注:一般貿易の中にも製品輸出が含まれる)

2.日中貿易への影響

95年頃までは日本から中国へ映像/通信機器、自動車等「製品の対中輸出」が盛んに行われていたのに対し、95/96年頃を境として、逆に家電等を中心に中国から日本への「製品の対日(逆)輸出」が目立つようになってきた。対中投資に伴う設備/機械では、専ら日本から中国へという流れは変わらないが、日中間における耐久消費財等の製品の流れは、次第に中国から日本へという流れに転化しつつある。

さらに、中国の産業/貿易構造変化の影響として、外資企業及び中国企業が加工用に使用する原材料/部品の需要度が高まり、これら産業用資材の日本からの輸入(=日本の輸出)が段階的に増加する、という構図に加速度的に変化していった。

以上のように、90年代後半の対中輸出は、付加価値の高い完成品から、付加価値が比較的低い原材料/部品に置き換わる構造となり、さらに後述の中国の政策リスクの発生によって、対中投資の減少と設備/機械輸出の頭打ち現象が顕在化したため、96年以降伸び悩む傾向にある。

 

 

 第三節 日中の貿易構造変化

 

1.     対中投資の減少効果

 

日中貿易を拡大から調整へ向かわせたもう一つの大きな要因は、日中貿易そのものが、「投資関連型」の構造に変化したことにある。92-95年における日本から中国への投資拡大によって、生産設備/機械の輸出が増加し、現地生産された中国製の「繊維製品」「金属製品」「機械機器」等が90年代央まで対中輸入を大きく押し上げてきた。しかし、95年をピークとする対中投資の変化は、たちどころに日中貿易にも影響を及ぼした。別図のように日本の対中投資は95年を頂点として、相当な減少傾向にある。日本の対中投資では、契約から2年以内に生産が立ち上がるため、投資契約額が減少すれば、設備/機械の対中輸出がマイナスとなり、それによって製造される現地生産品の対日輸出にブレーキがかかる。こうして、日本の対中輸入は96年頃から鈍化が目立ち、98年には前年比マイナスとなった。「対中投資の増減が、対中輸出(設備/機械、及び原材料/部品)と、対中輸入(外資企業製品等の製品輸入)に直接の影響をもたらす」という貿易構造変化によって、最近3-4年の対中投資減少のトレンドは、対中輸入にもブレーキをかけている。

 

2.     当面の日中貿易予想

 

対中投資が下降現象を示す中で、事務用機器、通信機器、科学光学機器など比較的遅れて対中投資が行われた品目(汎用のハイテク商品)は、96年以降も中国からの輸入が堅調であり、輸入構成比率はむしろ年々上昇している。90年代前半に集中的な投資ラッシュを見た音響映像機器の輸入も比較的堅調に増加している。しかし、最近の対中投資は、新規進出より、既進出企業の増資という形にシフトしており、全体的に見れば増勢を欠いている。対中輸入で90年代前半から増勢基調にある「機械機器」の輸入構成比(98年に23.5%)は、繊維製品(同29.7%)に次ぐ第二の主要品目の地位にあるが、2001/2年頃には、両品目の地位が逆転し、機械機器が対中輸入全体の約3割を占める第1位の品目となる。中期的に見ると、中国からの主要輸入品目のうち、機械機器を除けば、繊維製品等の製品輸入をはじめ、食料品/原材料/鉱物性燃料など伝統的品目も横這い、乃至低迷が見込まれ、輸出の伸び悩みと合わせて、対中貿易は暫く辛抱の時期が続こう。

 

第三章中国のWTO加盟と日中貿易摩擦

 

第一節中国のWTO加盟

 

 2001年12月11日、中国は143番目の加盟国として正式に世界貿易機関に加盟し、15年にわたるマラソン交渉に終止符を打った。中国のWTO加盟を、1949年の毛沢東の新中国建国、1978年の鄧小平の改革開放と並んで、第3の革命ととらえる説もある。GDP世界第7位で13億という世界最大の人口を抱える中国を自由貿易体制の中に取りこんだことは意義が大きい。

             中国のWTO加盟の足取り

加盟交渉の経過:

    GATT(「関税と貿易に関する一般協定」)成立、「中華民国」は23の設立国

          の1つ 。  

1950年 3月 台湾の国民党政権がGATTから脱退を宣告。

1986年 7月 中国がGATT事務局に締約国としての地位の回復を申請。

1990年 1月 台湾が加入申請。

1992年 1月 中国、225品目の輸入関税引き下げ。4月、輸入調節税を廃止。12月、3371

          品目の税率引き下げ。

1993年12月 GATTの多角的貿易交渉(ウルグアイ?ラウンド)最終合意。

1994年1月  中国、人民元レートを統一、234品目に低税率適用(1年限り)、283品目輸入管理を廃止。

      4月 GATT閣僚会議をマラケシュで開催、中国、ウルグアイ?ラウンドの一覧協議に調印。

      5月 中国、195製品の輸入許可及び割り当てを撤廃。 

1995年 1月 世界貿易機関(WTO)発足。7月、WTOは中国に対しオブザーバーとして受   入れを決定。

1995年12月 中国が176品目の輸入規制措置廃止を発表。

1996年 3月  ジュネーブでWTO中国作業部会第1回公式協議。

      4月  中国、税目総数の75.8%にあたる4962品目の関税率を引き下げ(平均35.9%)。

1997年 9月 橋本首相訪中。日中の二国間交渉で物品の市場アクセスについて事実合意。

     10月  江沢民国家主席訪米。中国、4800品目(全体の74%)の関税率を現行の23%から17%に引き下げ。

1 1998年 2月   米国と台湾の二国間の交渉が妥結。

      4月        中国が新たに5669品目の関税率を従来提示の16.6%から10.8%に引き下げると提案。

1 

1999年4月  朱鎔基首相訪米。中国側提案に対し米国は更なる譲歩を引き出すべく最終合意を留保、包括合意に至らず。

     5月  NATO軍が駐ユーゴスラビア中国大使館を誤爆。中国は米中二国間交渉を中断。

     7月   小渕首相訪中。サービスの貿易に関する二国間交渉が妥結し、日中二国間交渉は実質合意。

     11月  北京での米中二国間交渉が妥結、合意に達する。

2000年5月   EU?中国間の交渉が妥結?合意に達する。

2001年11月11日 カタール?ドーハで開催された第4回WTO閣僚会議で中国のWTO加盟を公式に承認される。

2001年12月11日 中国は143番目の加盟国として正式に世界貿易機関に加盟。WTOの本部のあるジュネーブに中国の常駐代表団と大使を派遣する予定。中国政府関係者は新ラウンド(多角的貿易交渉)に積極的に参加し、積極的かつ建設的な役割を果たしていくと表明。

「中国経済データハンドブック」(日中経済協会)などを参考?

 

中国のWTO加盟は中国の改革?開放、特に関税引き下げなどの市場開放を促進し、外国企業の中国市場へのアクセスを改善する。また、WTOルールに基づく中国の政策調整は、投資環境改善や投資分野拡大をもたらし、外国企業の対中投資を新たな拡張期に導いていくと期待される。

 

 

第二節           中国のWTO加盟と日中貿易の影響

 

 

中国のWTO加盟による日本の経済にマイナス効果を懸念する声がある。しかし、加盟交渉は基本的に、遅れてきた国の一方的な市場開放の過程であり、その対日効果は疑いなくネットでプラスである。今年、日本の対中輸出は相当な増加を見ることになるだろう。世銀が指摘するように、日本は中国WTO加盟の最大の受益国になると思われる。

にもかかわらず、マイナス効果を懸念する声があるのは、WTO加盟というより、その裏側で進んできた改革開放により、少なくとも一部の中国経済、産業の実力、効率が急速に増大してきたからだ。昨年、日中間では農産物貿易摩擦が発生したが、今後両国の間では、経済摩擦が何度も生ずるだろう。「安くて品質の良い商品が売れて何が悪い」とはかつての日米経済摩擦の折り、日本が何度も米国に吐いたセリフだったが、今度は米国と同じ立場に日本が立つ局面が増えるだろう。

中国経済の台頭を目の当たりにして、日本国内では「中国経済脅威論」も喧しいが、その好調ぶりが中国の辛苦に満ちた改革努力に対する報酬であることを理解すれば、中国の挑戦に対する対策は、我々の側も中国人に負けないように改革に努力していくことしかないことがはっきりしてくる。中国の台頭を受け、日本も産業構造の転換など自らを改革していかなければならない。その中で、中国とのウィン?ウィン関係を模索することが双方の利益を最大化する所以だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

第三節 ネギ等3品目に関わるセーフガード

 

 

 2000年12月22日、日本は中国からの輸入が急増しているネギ、生しいたけ、畳表の農産物3品目についてWTOの提示する枠組みないでセーフガードを発動するか否かの調査を開始、2001年4月17日の閣僚会議で一般セーフガードを暫定発動することを正式決定した。この決定を受けて4月23日、日本政府はネギ、生しいたけ、畳表の3品目に対し、セーフガードを暫定発動した。

1.具体的措置内容

①     発動期間

 2001年4月23日から11月8日までの200日

②     関税割当

 以下の関税割当数量については現行の関税率を維持する。なお割り当は、過去3年間の輸入通関実績等を勘案して行う。

(1)ネ    ギ: 5,383トン  [年換算 9,823トン]

(2)生しいたけ: 8,003トン  [年換算29,684トン]

(3)畳    表: 7,949トン  [年換算18,440トン]

③     関税

 上記関税割当数量を超える輸入については、品目ごとに現行関税率に加え、次の関税率を課す。

(1)ネ    ギ: 225円/㎏(256%相当)  [現行関税率3%]

(2)生しいたけ: 635円/㎏(266%相当)  [現行関税率4.3%]

(3)畳    表: 306円/㎏(106%相当)  [現行関税率6%]

2.暫定セーフガード発動の背景

ネギ、生しいたけ、畳表は1998年から急激に輸入量が増加し、1997年当時には国内シェアはわずか0.4%から最も多い畳表でも25.6%であったものが2000年には最も少ないネギでも8.2%、畳表に至っては59.4%という圧倒的な市場占有率を誇るまでに輸入が拡大した(図2)。

図2.セーフガード対象3品目の輸入量推移とシェア

 

 

 

1996

1997

1998

1999

2000

ネギ

輸入量

トン

1,504

1,471

6,802

21,197

37,375

対前年増加率

 

△2.2

362.4

211.6

76.3

国内シェア

0.4

0.4

1.7

5.0

8.2

生椎茸

輸入量

トン

24,394

26,028

31,396

31,628

42,057

対前年増加率

 

6.7

20.6

0.7

33.0

国内シェア

24.5

25.8

29.7

31.0

38.5

畳表

輸入量

千枚

11,369

8,628

10,344

13,569

20,300

対前年増加率

 

△24.1

19.9

31.2

49.6

国内シェア

29.7

25.6

32.7

46.0

59.4

(出所)http://www.pref.ibaraki.jp/shanghai/business/repo0105_02.htm より

中国から日本に野菜輸出が急増する最大の理由として、日本と中国の価格差があげられる。ネギ、生しいたけ、畳表の3品目については国内卸売価格が国産品に比べ30%~70%近くも安い。中国産のネギは、農家から約15円/kgで買い取られ、日本の輸入価格は91円/kg(2001年3月、野菜供給安定基金)、一方、日本で生産されたネギの卸売価格は227円/kg(2001年3月、農林水産省「農林水産統計月報」)である。このように大きな価格差があるため、輸入業者にとっても、野菜を生産する中国の農民にとっても野菜の対日輸出は利益の大きいものとなっている。また、日本の企業は中国の生産者たちに日本の消費者のニーズに合うような商品を日本向けに輸出できるように、中国に技術指導や生産設備を提供する「開発輸入」を盛んに行っており、中国の対日輸出の9割以上が開発輸入によるものである。したがって、日中間の農産物貿易摩擦は同時に日本国内企業間?業界間の利益調整の問題でもあり「日日摩擦」という側面を持っており日中貿易摩擦はより複雑なものになっている。

日本の農業部門においては、高齢化や労働力の激減が進む中で、生産コストが高まり、価格競争力が低下している。さらに、日本国内の農業は流通システムが低効率で複雑なので、コストが高くなってしまうという問題を抱えており、輸入農産物との競争では明らかに劣位に立たされている。したがって、中国からの廉価な農産物の輸入が日本の農産品の生産者たちに大きな打撃を与え、セーフガードを強く求めるようになった。

 

中国側の対応

 

 中国政府は、2001年6月21日、先に日本政府がセーフガード暫定措置を発動したことを受けて、対抗措置として日本製の空調機器、携帯?自動車電話、自動車の輸入品に対し、100%の特別関税を追加課税することを決定し、6月22日より実施した。これに対して日本政府は「セーフガード暫定措置はWTO協定を踏まえて実施した」と主張。中国の措置は「暫定措置の段階では対抗措置を認めていないWTO協定、さらには最恵国待遇義務を定める日中貿易協定に反する行為」と主張した。一方、中国政府は「日本の措置は一方的、差別的かつ不公平」として、日本の暫定措置の撤回を要求した。また、中国の措置は「中国国内関係法令に基づき実施した」と主張した。2000年度に日本から中国へ輸出された自動車はわずか3万5000台でこれは総輸出台数の1%に過ぎない。特別関税の影響がない空調機器も毎年2万台と、日本の年生産量750万台のうちごく一部である。また携帯電話は、中国がヨーロッパの技術基準を採用していることもあり、中国への輸出量は総輸出量のごく一部であり、対抗措置による影響はそれほど大きくはならないものだった。自動車など日本の工業製品の象徴である3品目を対象とすることで日本に対するシグナル的な意味が強かったものと考えられる。

 

セーフガード本発動回避

 

2001年12月21日、日中両政府は、農産品3品目のセーフガード本発動の回避に向けた閣僚会議を開き、合意に達した。合意内容は、日本政府は本発動を回避、中国は日本製自動車などに課していた高率関税を撤回するというものであった。両国は農産物3品目の秩序ある貿易に向けて、生産者らが参加する民間の農産品貿易協議会を立ち上げる。協議会は必要に応じて政府関係者も参加し「作付け、生産、貿易の健全な発展を誘導する」ことから、実質的に生産、貿易量を調整する機関になる。中国が2001年12月11日にWTO加盟国になったことで、貿易量の直接的な管理はWTO協定違反になるため、協議会方式という苦肉の策をとらざるを得なかったといえる。日本政府としては、中国向けの今後の成長商品である自動車などを、より配慮せざるを得ず、セーフガードの本発動には踏み切れなかった。しかしたとえ本発動に踏み切ったとしても、国内の産業を守るために輸入に障壁を設けることは、対処療法に過ぎず何の解決にもならない。野菜農家を中心に、生産から流通、消費にわたる構造改革をすすめ、なおかつ外国産と差別化できる高付加価値生製品を生み出す努力が必要である。結局は競争力向上が生き残りのカギとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四章中国の国際貿易の将来

 

第一節  貿易大国として登場する中国

 

 「改革開放が進むにつれて、中国が世界経済に組み込まれつつある一方、世界貿易におけるプレゼンスも高まっている。1978年から2001年にかけて、中国の輸出は97.5億ドルから2662億ドルへ、輸入も108.9億ドルから2436億ドルへと急増している。これを反映して、中国は世界ランキングで32位から6位に上昇しており、この勢いに乗って、数年後には米、日、独に次ぐ貿易大国となろう。貿易の拡大を牽引しているのは外資企業による直接投資である。直接投資の流入額(実行ベース)は92年に初めて100億ドル台に乗り、さらに96年以降、400億ドルを超える水準を維持している。直接投資は、貿易の急増を牽引する機関車であり、外資企業の輸出と輸入に占めるシェアは年々上昇しており、2000年にそれぞれ47.9%と52.1%に達している。中国にとって、日本と米国がそれぞれ第1と第2位の貿易相手国である。米国が最も重要な輸出先であるのに対して、日本は最大の輸入元となっている。このように、NIESやASEAN諸国と同様、日本から資本財や中間財を調達し、製品を米国に輸出するという従来の太平洋貿易トライアングルというパターンは中国にもあてはまる。近年、中国経済と一体化が進んでいる香港と台湾を合わせた中華圏で見ると、こうした傾向が一層明らかである。

日本にとっても、中国が米国に次ぐ重要な貿易相手国となっている。特に日本の輸入総額に占める中国のシェアは、90年の5.1%から2001年には16.6%と急速に高まっている。台湾、香港を含めると、2001年に21.0%を占め、米国シェアを上回っている。国内の不況が長引く中で、輸入の増大に伴う貿易赤字の悪化が問題視されるようになった。確かに、日本の対中赤字は、近年増加傾向にあり、2000年に続き、2001年も年間2割ほど増えている。また、日本の貿易黒字は1998年のピーク時と比べ、2001年には7.4兆円減少しているが、しかし、そのうち中国による寄与は1兆円に止まっているのである。その上、現実の対中貿易には、直接貿易だけでなく、香港や台湾を経由した中継貿易や加工貿易も含まれることを勘案すると、実際の対中貿易の規模を知るためには、この3地域(すなわち、中華圏)を合計した数字で測るべきであろう。それによると、2001年の貿易黒字額6.6兆円に対し?対中赤字額は3.3兆円であったが、香港と台湾に対しては大幅な黒字を計上しているため、3地域の合計では、日本側の6100億円の黒字となっている。

図1. 日本の地域別貿易収支-対中華圏を中心に-

(出所)http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/020115ntyu.

 

 

 

 

 

 

 

第二節 東アジア自由貿易地域、東アジア共同体の形成に向けて

 

東アジアの発展の要因は、いろいろあるが、貿易投資の自由化を進めてきたことが大きい。この地域の成長潜在性を現実のものとし、さらなる発展を図るためには、WTOやそれを補完するAPEC、FTA/EPA等、あらゆる局面において、さらなる自由化を進めていくことが必要である。将来の目標として「東アジア自由貿易地域(East Asia Free Trade Area “EAFTA”)」や「東アジア共同体(An East Asia community)」といったアイディアを共有し、その実現に向けて努力する。

 

(1)東アジア自由貿易地域(EAFTA)の具体化に向けて

 まず、EAFTAは、東アジア地域の広範な経済連携を実現するために積極的に取り組むべき課題である。専門家グループによる共同研究が近々始められることになっているが、そこでは、最初から、サービス、投資、知的財産権、紛争処理、競争ルールなどをカバーする高いレベルのものを指向するという視野を持って研究していくことが望まれる。

(2)東アジア?サミットと東アジア共同体の形成に向けて

 2004年末のASEAN+3首脳会議において、第1回東アジアサミット(EAS)を2005年末にマレーシアで開催することが合意された。このことは、東アジア地域協力を一層促進させるものとして極めて高い歴史的意義を有するものである。この東アジア?サミットが、その歴史的意義に見合うものとなるようわが国として積極的に貢献していくこととしている。

 東アジア地域協力については、これまで述べた貿易?投資面の連携統合を基礎としつつ、同時に並行して、政治、非伝統的安全保障、通貨、金融、エネルギー、環境、災害、感染症、国境を越える犯罪など地域共通の課題について機能的協力を強力かつ積極的に積み重ねていくことが重要である。

 

 

第三節    日本 中国における「新時代」の幕開け

 

2003年の日本と中国の経済関係は、中国のWTO加盟を契機として一段と発展し、貿易総額は、前年より30.4%増加し、1,324億ドル(約15兆44億円)と史上最高を記録した。中国は、引き続き最大の対日輸出国であり、日本は中国にとっての第1位の貿易相手国である。同時に、日本の対中輸出も43.6%と大幅に増加し(中国の対日輸出は21.9%増加)、日本にとって輸出先としての中国市場の重要性が増してきている。また、対中投資も、2003年度上半期、届出ベースで1,558億円と、対前年同期比で35.5%の大幅な伸びを示した。

 2002年4月のボアオ?アジア?フォーラムにおける講演で小泉総理大臣が述べたとおり、中国の経済発展は、日本にとっての「挑戦」、「好機」として具現化しつつある。一方で、一部の分野において発生する経済摩擦を未然に防止することは重要である。こうした観点から、10月31日に東京で開かれた第2回日中経済パートナーシップ協議(次官級)においては、第1回協議に引き続き、両国間の経済問題の早期発見と紛争の未然防止を図るため率直な意見交換が行われ、日本側からは、中国によるアンチ?ダンピング調査、中国のWTO加盟時の約束事項の履行、知的財産権保護、対中投資に関連した諸環境の整備等について問題提起を行った。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/bluebook/2004/hakusho/h16/html/G2121200.html

http://www.meti.go.jp/hakusho/tsusyo/soron/S28/02-04-0..html

http://japan.people.com.cn/

http://www.peopledaily.co.jp/info/data-e/home.htm

http://japanese.china.org.cn/japanese/28554.htm

http://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/020115ntyu.htm

 

 

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